Letter from the Ethics Committee Chair
利益相反(COI)入門ことはじめ
一昔前と異なり、最近ではやたら“コンプライアンス”だの、“○○ハラスメント”だのといった言葉が飛び交うようになりました。学会に関するものの一つとして、“COI”もその一つです。学術発表や論文投稿する際に、「COIについて宣言するように。。。」という指示を受けた若手研究者の中には何のことだかよく分けも分からずに、”ラバースタンプ“のようにお決まりの文言を、呪文のごとく並べている方もいるかと思われます。でも、「本当に、そんな対応で良いの?」、「そもそもCOIって何?」、「具体的にどうすべきなの?」と疑問を抱いている研究者もいるのではないでしょうか? COIについては、本学会ではすでにマネジメント規程が存在します。しかし、そのような規程を熟読する人はまれ(?)で、読んでも自分がそれに該当するのかどうか良く分からない人も多いと思われます。
そこで、倫理委員会として、少しでもCOIをご理解いただくために、“読みやすさと重要なポイント”に絞って解説することとしました。当初は、COI規程全般を対象としたQ&Aのようなものを想定していたのですが、あまり大風呂敷を広げすぎると、返って途中で読むのを挫折する人が出ることもあるかと思い、特に身近なケースとして、学術発表と論文発表の場合に話題を絞りました。
また、文章のベタ書きだと、これも「読む気が失せる!」と思い、以前、「はじめての科学論文」でご紹介したように、若手研究者とその指導者を主人公とした、会話調の物語としました。もちろん、登場人物や研究組織名などは全て架空のものです。
なお、COIは実際のケースに照らし合わせた場合、本稿の内容が100%完全に当てはまる・・・、とは限らないかもしれません。本稿をお読みいただいた上で、ご意見も遠慮なく頂戴したいと思っております。
【プロローグ】
では、主人公の紹介です。といっても、「はじめての科学論文」で出演(?)したメンバーです。ですので、その続編のようなもの、と捉えていただいた方が分かり易いかもしれません。主人公は、早乙女ヒカル;CSI-JAPANという犯罪捜査における鑑定に関連した業務を行う研究所に勤めて3年目になる若手女性研究者です。学会発表や論文投稿も経験があり、真面目で素直な性格ですが、やや天然なところがあります。
もう一人の主人公は、藤堂京一郎;CSI-JAPANに勤務して10年以上になるベテランです。若いうちに学位を取得し、アメリカ政府の科学捜査研究所に留学経験もあります。自身の研究能力は高いのですが、天然の後輩育成にはちょっと苦労をしている、という設定です。
COIって、なに?
早乙女ヒカルは既に論文投稿の経験はあるのですが、今回、海外雑誌への投稿を進めていたところ、ガイドラインに記載されていた”COI”について少し気になったようです。学会の規程もあまり読む気もしなかったので、いつものように手っ取り早く教えてもらおうと、ちょうどコーヒーブレイク中の先輩、藤堂京一郎に声をかけました。
『せんぱ〜い!COIって、なんですか?』
「おいおい、相変わらず(人の都合も無視して)いきなりだな! (若干、ムッとはしたものの、先日投稿した論文のアクセプト通知を、つい今しがた受けたばかりで気分が良かったこともあり、とりあえず話を聞くことにしました。) 今日は一体何事だ?」
『実は海外雑誌に論文投稿しようと思ってガイドラインを読んでいたら、COIに関して宣言するような内容があって。。。もちろん、今まで学会発表するときとかスライドの一枚目に「COIに該当する内容はありません」の一文を入れてましたが、改めて考えると、自分でもCOIについて良く分かってなかったので、”優秀な”先輩にお教えいただこうかと思って…』
「そうか、そういうことなら、可愛い後輩のためにレクチャーしてあげよう!」
「COIとは、Conflicts of Interestの略語で、日本語でいうと“利益相反”という意味なんだよ。もう少し詳しく説明すると、僕たちが行っている研究の目的は、成果を社会へ還元するという公的利益を目指しているよね?決して、研究成果でお金儲けをしようというような不埒なことを目的にはしていないよね!? でも、研究者本人にそのつもりが無くても、成果によっては研究者自身に金銭や知財等の私的利益が発生する場合があるんだ。つまり、この公的利益と私的利益が研究者自身の中に生じる状態を利益相反状態(COI状態)と呼ぶんだ。
(ポカーンとしてるヒカルを横目に見て…)
・・・まあ、もうちょっと具体的に話さないと分かりづらいと思うけど、その前に・・・、
なぜ、COIの申告が必要になるのか?
産学連携で研究するような場合を想像してごらん。もしも、両者の間に経済的な利益関係が存在すると、研究成果の公正かつ適正な判断が損なわれる恐れが出ることが懸念されるんだよ。例えば、利益供与した企業にとって有利になるような成果データを公表したらどうなると思う? そんなことをしたら、社会から後ろ指差されてしまうだろう? だから、そのような懸念を回避するために、COIに関する情報を適切に開示することが必要なんだ。
分かり易いように、研究活動に関して報告する際に申告すべきCOIについて説明しよう。研究成果は、学術集会での発表や学会誌への論文投稿が一般的だけど、それ以外にも、他学会での招待シンポジウムや大学等における教育セミナーでの発表なども対象となることがあるんだ。それぞれ必要な範囲でCOI事項を報告・開示することになるんだ。その他にも企業の役員に従事していて報酬をもらっているような場合も該当するけど、それはちょっと本題からずれるからまた後日説明するよ。」
『じゃあ、取り敢えず身近な問題として、学術発表や学会誌への論文投稿については、どのようにしたらいいんですか?』
学術発表および学会関連雑誌等への論文投稿
「学術発表や学会誌等への論文投稿に際しては、その研究内容に関連する企業などとの関係を正確かつ適切に公表するってことだね!」
『COIの申告を受け付けた学会側は、その報告内容について調査するんですか?』
「いやいや、通常は、自己申告を尊重してすぐに調査が行われることは多くないけれど、疑義が生じた場合には確認や審査が行われることもあるよ。COIは、科学者としての良心の問題であって、基本的には自己責任だからね。もし、後になって虚偽の報告だったことが判明した場合、その責任は全て虚偽の報告をした本人が負担することになるんだよ。そうなると、研究内容の評価にも自ずと影響でるからね。」
そもそも企業からの利益供与は悪いことなのか?
『なんとなくですが、企業から利益供与を受けて研究する場合、その資金提供を受けること自体が“悪”のような印象を受けるんですが、違いますか?』
「とんでもない、そうじゃないよ。そもそも産学連携は国も奨励しているし、企業から研究推進に向けて資金援助して貰うこと自体は全く問題ないよ。また、“正当な報酬”を受けることも同じだよ。重要なのは、それらの事実の透明性を確保しておくことなんだ。考えてごらん、もし、産学連携による研究成果の公正性・適正性に疑義があると指摘され、研究者が誹謗・中傷されるようなことが起こった場合でも、予め自己申告して正しい情報が開示されていれば、学会として社会への説明責任を果たし、適切に対応することが可能になる、つまり結局は、研究者を守ることにつながるんだ。」
『・・・でも、COI状態の開示を研究者に義務づけることは、企業との産学連携活動を阻害することにつながるんじゃないですか?』
「COI状態の開示は、あくまで自己申告に基づくものであって、産学連携活動を規制したり、個人への正当な報酬を減じるためのものじゃないからね。」
『そうなんですね!?何となくですが分かってきて少し安心しました。』
COI申告をする際に注意することは?
『自己申告する際に注意する点はありますか?』
「実は、これが一番肝心なポイントなんだ。さきほど話したように、とかく“COI開示=悪”、という間違ったイメージを持っている人、結構多いよね!? 早乙女達若い研究者に特にその点に関して認識を改めてもらいたいんだ。最も大切なことは、“正直に申告すること”なんだ。申告する件数が多いとか、金額が高いとかいって、それを過小に申告したり、嘘の申告をしたりすることの方が“悪いこと”なんだ。後になって疑義を指摘され、かえってこれが大きな問題を引き起こす恐れもあるんだから。」
あっ、それってCOIに該当するのかも?
「そういえば、この前の早乙女の学術発表会でちょっと気になったことがあったんだけど。。。」
(ちょっと、ドキッとしながら・・・) 『えっ、なんですか?(・_・;)』
「早乙女は研究報告の中で、新しい試薬を使っていたよね? その結果、良い成果を出していたけど、質疑応答の際に、フロアからその試薬の価格について質問あったよね?その時、早乙女は『○○企業から提供を受けているので、正確には分かりませんが、結構高価だと聞いています。。。』、っていうような返答したよね? それに加えて、専用の測定装置も○○企業のを使っていたよね? でも、たしか、発表スライドの冒頭で、“COIに関し自己申告すべき内容は無し”、と表示していたよね? これって本来はまずいと思ったんだよ。」
『あっ、あれは、私が○○企業さんから提供を受けたものではなく、装置もグループ長が無償で借り受けていたものを使っただけなんです。。。(-_-;)』
「う〜ん、、、そこなんだよ。。。たしかに、実際に企業から試薬と装置の提供を受けたのは研究班のグループ長だったとしても、あの発表は君たちのグループで取り組んでいた研究テーマの成果だよね? だとしたら、実際の発表者が誰であるにせよ、試薬と装置という“利益供与”を受けて行った成果発表であるなら、COIは申告すべきものなんだ。」
『でも、たしか、聞いた話では、グループ長は○○企業からの提供に関して、CSI-Japanの利益相反担当部署に申告済み、ってことだったと思いますが。。。?』
「うん、実は、その点も勘違いされ易いとこなんだ。COI申告に関しては、利益供与を受けた研究者は、自身が所属する組織に申告することはもちろんやらなくてはいけない。これは、組織内部に対して自分たちの研究成果の透明性を担保するためなんだ。でも、もしその成果を外部に発表するとなったら、その発表者が利益供与を直接受けた本人かどうかに関わらず、“外部への透明性を図る“という目的のために、COI申告すべきなんだよ。
(かなり落ち込んだ様子で。。。) 『せんぱ〜い、、、私どうしたら良いですか? もし、このまま“申告漏れがあった”ということになったら、どうなっちゃうんですか?』
「その場合、COIを審査する委員会等で審議することもある。ただ、故意か過失、またCOIの程度にもよるよ。ただ、極端な話になるけど、COI規程やマネジメント規程違反の程度が重大な場合、研究発表者本人へのペナルティとして、学術集会での発表取り消しや、学会が発行する論文誌などへの掲載禁止などが考えられるよ。」
(涙を浮かべながら…)『うわ〜、、、先輩、助けてください。。。』
「まあ、そんなにしょげることはないよ。COI申告は最近になって、その必要性が認識し始めたばかりで、まだまだ研究者全員に浸透しているわけじゃないし、早乙女本人だけが悪いんじゃなくて、今回の件はグループ長も含めたグループ全体の問題だしね!?」
『でも、何か処分されるんですか?』
「学会発表においてCOI開示がなかったからといって、それですぐに措置が取られるということはないよ。ただし、適切な申告がされていない発表者のCOI状態が、深刻な社会問題となった場合、学会としては発表者個人の問題とみなすことになると思うよ。つまり、学会としては当該研究者への擁護ができなくなる可能性がある…ということだよ。」
『えぇっ! そんなぁ、、、お慈悲は頂けないのですか?』
「何度も言うけど、COI開示は自己申告で本人の責任で行うものだから、それは仕方ないのさ! 今回のケースであれば、通常は大きな問題になることはないけれど、これが例えばCOIがあって、故意に利益供与をしてもらっている企業に有利なデータを発表したりしたら、その場合には大問題になるけどね!」
『えっ、その場合どうなるんですか?』
「さっき言ったようなペナルティが下されたら、もしそうなったら研究者としての信用を大きく損なうことになるね! それだけでなく、もし学会組織がそのこと(COI不正)を承知していたのにもかかわらず、見て見ぬふりをしたことが後で分かったら、例えば極端な例だけど、その学会が発刊している学術雑誌のインパクトファクター取り消し、とかの重い処分が下される可能性もあるんだよ。
だから最初から正直に申告しておくことが大切なんだ。もし、COI申告に際して、「これは申告すべきだろうか」と迷ったときは、自己判断で「何も申告しない」と決めてしまうのではなく、所属機関や学会のCOI担当に相談してほしい。相談することは、研究者として誠実な行動の一つなのだから。
まあ、今回の件は重大な瑕疵ではないけれど、今回は良い経験として、次回からは気をつけることだね!」
(少しホッとした様子で) 『は〜い、分かりました。じゃあ、過ぎ去ったことは忘れて、前を向いて進んでいきます !!』
「おいおい、立ち直りが早いなぁ!? (まあ、そこが早乙女の良いとこだけど。。。)」
『でも、先輩の話を聞いていて、ちょっと疑問も浮かびました。』
COIを申告することのメリットはあるの?
『COI申告は内・外部に対して研究の透明性を図るためにする・・・、ということは分かりましたが、実際問題としてCOIを自己申告することで、どのようなメリットがあるんですか?』
「そうだね、・・・たしかに目に見える、または実感できるメリットというのは無いんだけど、例えば、もし外部から研究成果の公正性・適正性に疑義があるといういわれなき誹謗・中傷などが学会員に対してあった場合、適切にCOIが申告されていれば、学会として適切に対応してもらえる、ってことかな?」
『なるほど・・・、適切にCOIを開示しておけば、その後は安心できる!ってことか! 要するに、別の話に例えると、ちゃんと自動車保険に入っていれば、もし交通事故を起こしても保険会社が被害者対応してくれる、のと同じってことですね?』
「う〜ん・・・、まあ、表面的にはそうとも言えるかも? ただ、COI開示はあくまで研究者自身のモラルによるところが大きいから、“何かあったら…”、というよりも、そもそも研究成果の公正性・適正性に疑義が無いように正しいモラル意識を持つことが大切なんだよ!(分かっているのかなぁ。。。?)」
『ラジャー! よくわかりました。!ところでついでにもう一つ質問があるんですが。。。』
COI開示は、個人情報保護法に抵触しない?
『仮に、企業から研究資金や報酬を受け取っていたとして、それらをすべて開示する、っていうことは個人情報保護法に抵触しないんですか?』
「うん、良い質問だね! たしかに、産学連携に関して研究者の収入が増えると、どうしても社会から疑義や不信が寄せられやすくなるのも事実だね。それを払しょくするためにも学会は各研究者のCOI状態を適切に把握して、深刻な状態にならないように管理することが求められているんだ。ただ、提出された自己申告書は、個人情報を含むことから、“原則非公開”の書類として学会事務局で厳重に保管されるから、早乙女が心配しているような個人情報流出のようなことはまず起こらない、って思って大丈夫だよ。」
『それを聞いて安心しました。』
COIの公開請求があった場合はどうなる?
「ただし、“原則非公開”であっても、情報公開法によりCOIの公開請求があった場合は開示しなければならないんだ。。。」
『えっ、じゃあ、結局、個人情報は守られない、ってことになるんですか?』
「いやいや、これはあくまで“可能性”の問題だよ。その事例が社会的に問題となった場合は、公表可能な範囲を必要に応じて開示する可能性がある、ってことだよ。そもそも自己申告された内容を全て公開することは、早乙女が指摘したように個人情報保護法の観点から許されるべきことではないからね!実際に、そのような請求が出た場合には、学会の理事会が公開すべき範囲を(顧問弁護士と相談して)決定してから公開することになると思うよ。」
『ふ〜ん。。。良いような、悪いような、面倒くさい世の中になっているんですね!?』
「まあ、それが社会の流れであって、僕たちはその流れに乗って動いている船の中にいるようなものだから、無理してそれに抗うと、船から落ちたり、沈没してしまうこともあるから、そうならないための方策の一つだと思えばいいさ!」
『(先輩って、歳の割に意外とじじ臭い考え方なんだなぁ。。。)』
「えっ、何か言った? まあ、ついでだから、学会発表以外にも、類似の案件として気を付けた方が良いことがあるので、ちょっと追加するよ。」
学会外での講演、セミナーおよびシンポジウム参加での注意事項
「学会での研究発表とは少し意味合いが違うけど、例えば、他学会での招待講演や、シンポジウム、ランチョンセミナーなども、COIに無関係とはいえないんだ。だって、講演する内容に企業からのサポートを受けて行った研究成果があるかもしれないし。だから、基本的にはそのような講演やセミナーを行う際にも、しっかりとCOI開示しておいた方良いんだよ。
なお、これに関しては逆のケースも考えられるね! うちの組織が主催する学会で他学会の研究者を招待して講演してもらう場合も、基本的には同じことが当てはまるんだよ。だって、考えてごらん。その発表が学会員による研究報告であろうが、部外者による講演だろうが、当学会で開催する以上、学会で規定されたCOIに関する決まりごとは適用されないといけないよね?そうでないと、もしCOI状態が含まれていた場合、社会的な問題が生じかねない。だから必要な範囲に応じて公開しなくてはならないんだ。」
『そっかー!!何となく、COIの対象となるのは、学会発表や論文発表だけのような気がしてたけど、関連する場合があるからいろいろと気を付けないといけないんですね?』
「うん、他にも、発表を伴わなくても、例えば、営利企業から役員報酬をもらっていたり、その企業の株を所有していたり、企業主催の講演会で講演料をもらっていた場合にもCOI開示を考慮しなくてはならないんだ。まあ、詳しいことは、規程をよく読んでおくことだね!」
『わっかりましたー!その企業報酬云々あたりの話は、私のような下っ端には関係ないけど、少なくとも、今日教えてもらった学会発表や論文投稿に際してのCOI申告について、これからは、“ない時は無し”、“ある時には有り”、としっかり開示して、漏れのないようにきちんとやることにします。
あっ、そういえば、ちょっと気になっていることがあるんですけど。。。私たちのような民間組織の研究者ではなく、公務員のような立場の人たちは、COIに関する扱いが違うんですか? より厳しくなるとか、逆に特例の免除があるとか・・・?』
「COIの考え方は、その立場が “産・官・学”のいずれであろうとも根本は変わらないよ! だから、万一、利益相反があってそれが問題視された場合、”官”だからより厳しい措置が施される、ということも、また逆もないよ! ただ、COIに関して違反が発覚した場合、先にも話したように、その個人だけでなく所属する組織にも世間からの非難は大きいことは容易に想像されるけどね!」
『なるほど・・・、要するに、例えば、警察官が盗みなどの犯罪行為を働いた場合と、普通の民間人がやった場合では、警察官の方が世間からの風当たりが強い、ってことと同じですかね?』
「うん、、、まぁ、そういう風に理解してもらっていいと思うよ! なお、利害関係という観点から見ると、“産と官”や“産と学”では、両者が接触しやすく、”深い関係(利害関係者)”になる可能性が高くなるから、我々はより気をつけなくてはいけないね! 前にも話したように、COI開示はあくまで研究者自身のモラルによるところが大きいから、常に、公正性・適正性に疑義が無いように行動しないといけないね。
それと、実際問題として、”利害関係者”とはどのような場合になるのか、とか、更に、そのような関係がある場合の付き合い方として、どの程度までならOKで、どこからはアウトになるのか、非常に微妙なところなんだよ。この場ではちょっと説明しきれないから、もし、気になるようであれば、以下のURLを覗いてごらん!
https://www.jinji.go.jp/content/900020267.pdf
これは一見の価値があると思うよ。」
『いろいろとご指導ありがとうございました!』
「うん、分かってくれたなら教えがいがあったというものだよ。ところで、ついでにもう一つ、まだ早乙女達のような若手研究者には直接関係はないと思うけど、知っておいた貰いたいことがあるんだ」
「共同研究」における注意事項
「実は、これは研究発表以前の問題なんだけど、早乙女は”共同研究”というものをどのように捉えている?」
『えっと・・・、複数の組織、例えば企業と大学が、何かのプロジェクトを推進するにあたり、お互いがそれぞれの得意分野などを活かして協力して目的に向かって邁進する・・、ってことですかね?』
「うん・・・、まあ、大まかに概念的にはそれでいいんだけど、仮にその両者の間に利益供与があったとしたら、それはCOIの対象となると思うかい?」
『(こっそり、スマホで学会のマネジメント規程を見ながら)う〜ん、そうですねぇ・・・、たとえ利益供与があったとしても、それが共同研究として行われているのであれば、COI申告は不要なんじゃないですか? だって、“利益相反マネジメント規程”にも、共同研究の場合は例外・・・“のように書かれていますから。。。!』
「たしかにそーだね!でも、実はそこに大きな落とし穴があるんだよ。ちょっと分かり易いようにイラスト(下記)を作ってあるから、これを見てごらん?どう思う?」
『うわっ、なんか、おどろおどろした恐ろしい絵柄ですね!? この絵が意味しているのは、本当は利益供与を受けて、その見返りとして相手側に有益なデータを渡している、って状態にもかかわらず、”共同研究”という傘(隠れ蓑?)の下にいれば、“COI申告・開示から逃れられるよ!”っ的なことですか?』
「そーなんだよ。ここが共同研究という代物の危ういところなんだよ。ただし、言っておくけど、共同研究自体が悪いことではないんだ。産学の共同研究そのものは国も推進しているし、サイエンスの発展という観点からも望ましいことなんだ。ただ、問題なのは、このイラストに示されているように、実態としてはCOIがあるにもかかわらず、“共同研究の傘の下”に潜んで、COI申告・開示を逃れようとする考え方が良くないんだよ。」
『でも先輩、実際問題として“利益相反マネジメント規程”には、共同研究はCOI申告を要しない特例、って記載されているじゃないですか?』
「実はそこが厄介なところなんだ!たしかに、意図は理解できるし、国内学会の実務慣行として成立してきた背景も分かる。でも、現代的な、特に国際基準としてのCOIの考え方から見ると、かなり危ういんだよ。今のところ、「完全におかしい」とまでは言えないけど、運用を誤ると「COIを免罪する抜け道」になり得るから、そのまま無条件で置いておくのは、今後リスクが高いと思うんだ、個人的な考えだけどね!
もうちょっと掘り下げると、特例を認めた“学会側の意図”は、(僕の推測だけど・・・)【共同研究は、研究費や研究計画、人的資源を双方で共有している。だから、その関係性は隠された私的利害や一方的な金銭提供とは異なる。したがって、所属を明らかにして共同発表している以上、それ自体が十分な透明性ではないか】、という論理だと思うんだ。でも、これは、たしかに一昔前であれば十分に通用した考え方なんだけど、最近の考え方としては、【共同研究=COIではない】という前提が、もはや成り立たなくなってきているんだよ。」
『えぇっ、じゃあ、共同研究とCOIの考えが、昔と今では違っている、ってことですか?』
「ちょっと、理解しづらいと思われるから、問題点を分けて解説すると。。。
問題点@:共同研究とCOIは論理的に別物
共同研究かどうか? → これは「研究の形態」の一つを表しているにすぎない
COIかどうか? → これは「利害関係」に焦点が絞られている
つまり、両者は本来、独立した概念だ、ということ。
例えば、企業と大学の共同研究を想像してごらん。
- 企業が研究費を拠出
- 研究成果が企業製品の評価に直結
- 研究者が報酬や将来の契約を期待
この場合、共同研究であっても、典型的なCOIが存在し得る、ってことは自明だよね!?
問題点A:「例外の一般化」
一番危険なのは、これなんだ。この条文があると、現場ではこう解釈されがち:→ 【共同研究ならCOIについて申告・開示はしなくていい】
すなわち、「共同研究だから」という一言でCOIが消えてしまうことになりかねないんだ。
これは、外部から見ると極めて不透明なことだよ
さっき、最近の国際的な考え方にそぐわない、って話したけど、最近の多くの国際誌では、共同研究であるか否かに関わらず、金銭的・非金銭的COIは開示する、っていう立場なんだ。」
『でも、実際問題として、先ほどのおどろおどろしたイラストのような共同研究なんて、まず起こらないですよね?』
「そうだね!、、、と言いたいところなんだけど、実は、過去に大きな社会問題となったCOI不正事件があったんだよ。早乙女はその頃は小学生くらいだったと思うから、知らなくても当然だけど。。。この事件は、ちょうど僕が大学院生だったころのことなんだ。概要を述べると、ある外資系製薬企業が、 自社が開発した高血圧治療薬の有効性を実証するために、国内の複数の大学医学部と共に、「共同研究」という枠組みで臨床研究を行ったんだ。その際、当該企業の社員が大学の研究員・研究支援者のような立場で研究に関与していたんだ。そこまでは良いんだけど、実際には、研究費や物品、統計処理などのデータ解析、人的リソースなどの大規模な利益供与が企業側から行われていたんだ。にもかかわらず、それが論文・学会発表で十分に開示されていなかったんだ。
特にCOIの観点から決定的に深刻な問題となったのは、その企業社員が自身の所属を隠すために、「大学所属」すなわち「アカデミア側研究者」のような立場で統計解析・データ作成に関与し、どうやら自社が開発した医薬品が有利になるようにデータの改ざんをしていたらしいんだ。」
『えっ、そんなとんでもない不正を行っていたなんて、、、信じられない!!』
「いや、でもそれが事実なんだよ。残念ながら。。。」
『その結末はどうなったんですか?』
「司法上の問題としては、その企業と社員は、虚偽のデータを基にした論文を掲載した(虚偽広告)ことで、薬事法違反(現・医薬品医療機器等法違反)の疑いで起訴されたんだ。まあ、法律的なことに関しては、最終的には無罪となったんだけど、裁判所はデータの改ざんがあった事実は認めたんだ。その結果、この事件を契機に、複数の論文が撤回され、医学系学会のCOI指針が大幅に厳格化されることになったんだ。厚労省・文科省など、お役所者側もこの事件の影響の大きさを鑑みて、臨床研究法の整備や研究不正・COI管理体制の明文化、更に、統計解析者の所属・立場の明示などを強く求めるようになったんだ。すなわち、大きな社会問題となったこの事件が、日本の研究倫理・COI管理の転換点となった、という経緯があるんだよ。」
『へ〜・・・そんな大事件があったんですね!? 共同研究、ってよほど慎重にやらないといけないんですね?』
「うん、でもさっきも言ったように、共同研究自体が悪いことではなく、それをCOIの隠れ蓑にしてはいけない、ってことが肝心なんだよ。」
『COIって、奥が深いんですね!? 先輩からレクチャーを受けて少しは分かったつもりでしたが、もっと勉強しないと。。。』
「じゃあ、最後にCOIに関して、試験問題をやってもらおうかな!?」
『え〜、やだぁ。。。先輩って意地悪ですね!』
「いやいや、本当にCOIの本質を理解したのか試すだけだよ。 これまでの話をまとめれば簡単に答えられるはずだよ!
では、問題です。【共同研究を問題なく遂行するためには、どのようなことに注意して進めれば良いでしょうか? 考えられることを全て列挙しなさい】」
『えー、っと、そうですねぇ。。。まずは利益供与や研究の実行も含めて、一方が他方に偏りすぎないように出来るだけ、平等な関係を作る。そのことの透明性を高めるためにも研究計画(テーマ、目的、研究期間)や業務分担、知的財産、機密保持、研究成果の帰属などを明確に記した覚書(MOU: Memorandum of Understanding)をきちっと作成しておく、、、っていうのでどうですか?』
「それだけ?」
『う〜ん、、、研究予算が適正に使われたかどうか、客観的に調査・評価・検証するシステム、いわゆる監査(Audit)も必要ですね!』
「うん、かなり良い線言っているけど、評価Sにはちょっと届かないかなぁ。。。」
『えーっ、まだ何かありましたっけ? あっ、そうだ! 肝心なこと忘れてました。研究費や物品の供与がある無しに関わらず、外部への透明性を図るためには、COI申告と開示することが望ましい、ってことですかね!?』
「うん、そうだね、そこまで考えが及べば十分だよ。実は、この試験問題の正解に相当するイラストも作ったから見てごらん!!」
「MOUやAuditがきちんとなされているなら、COI申告は必須ではない(かもしれない。。。)。でも、このイラストに表されているように、外部からの疑惑や誹謗・中傷などから研究者本人とその組織を守るためにはCOI申告と開示はやっておいた方が良いんだよ!」
『良かった、じゃあ、試験は合格ですね!?』
「そうだな? やっぱり教え方が良かったんだな!(うんうん)」 (と、先輩面して悦に入ってると、早乙女からひと言…)
『あっ、そういえば、藤堂先輩は、先月、都内で開催された国際法中毒学会に招待講演で呼ばれて講演してきたんですよね!? そのときも“COIに関して該当無し”と申告してきたんですよね・・・!?』
「えっと・・・、あー、そのぉ、、、何というか・・・、COIになるような内容は無かったからCOI問題はない、と思ってたんだけど、最初のスライドにそのことを明示し忘れたような?…」
『えぇっ、ちょっと先輩!! それじゃあ、さっきまで私に言ってたこと(上から目線で注意してたこと)は、いったいなんだったんですか!? 先輩って、他人に厳しく、自分には甘いタイプなんですか?』
「いや〜、すまんすまん、、、頭では分かっていたんだけど、当日、スライドの準備とか忙しくてつい失念してしまったんだよ。。。それで、このことは内密に・・・?」
『はいはい、分かりましたよ。完璧な人なんてこの世にはいないことは分かっていますから。。。あっ、ところで、最近、駅の近くに美味しそうなスイーツ専門店ができたんですよね!まだ一度も行ったことがないので、今日あたり行こうかなぁ、なんて思ってるんですけど、先輩も一緒に行きませんか?』
「(・・・)分かりました(お姫様…)、奢らせてもらいます。。。」
【エピローグ】
さて、海外雑誌への投稿に際してCOI問題で悩んでいた早乙女でしたが、藤堂の助言もあって、試薬や測定装置の無償提供のことなど包み隠さずCOIを開示して、無事に論文投稿を済ますことができました。その後、reviewerによる審査を受けましたが、それはもちろん研究データそのものに対してであって、COIの内容に対しては問題視されることなく、無事にアクセプトされました。
ここで紹介したCOI問答集は、研究員として知っておかなければならないこと、且つその対応すべき内容のごく一部だけとしました。これで「COI入門ことはじめ」の講義はとりあえず幕を閉じたいと思います。
最後に繰り返しになりますが、今回の“物語”は、冒頭でもお話ししたように、COIというものの理解を進め、更には、COI申告に際して最も大切なこと、すなわち、“利益供与を隠したり、矮小化したりせず、正直に開示することが肝心”であって、決して開示すること自体が悪いことではない!ということを若手研究者に啓発することが目的でした。COI申告に対するハードルが少しでも下がってもらえたなら、たいへん嬉しい限りです。
文責およびイラスト作成;日本法科学技術学会 倫理委員会委員長 斉藤貢一
参考資料;
日本法科学技術学会利益相反マネジメント規程
日本がん看護学会 ― 利益相反に関する細則 Q&A
日本リウマチ学会 ― 利益相反 Q&A
日本消化器病学会 ― 利益相反(COI)に関する指針とQ&A
日本消化器関連学会機構(JDDW) ― COIページ
日本医療薬学会 ― 利益相反マネジメント規程・Q&A
日本手外科学会 ― 利益相反 Q&A(PDF)
日本医療検査科学会 ― COI説明ページ
(無断転載を禁じます。)
<日本法科学技術学会のウェブサイトトップページへ移動>
印刷